queer de pon
 

卍(1964年/日本)

監督:増村保造
出演:若尾文子/岸田今日子/川津祐介/船越英二

弁護士の妻・園子は美術学校で知り合った光子に恋心を抱くようになる。そして、学校内で二人にレズビアンの疑いがかけられたのをきっかけに親しくなっていくが…。 発表当時、話題を呼んだ谷崎潤一郎の同名原作を、増村保造が大胆に映画化。谷崎の原作と較べて観るのも一興。1983年、樋口可南子主演で再映画化された。

増村保造レトロスペクティブ   渋谷ユーロスペースにて上映中(1/23まで)
「卍」は、1/9〜12 19:00より、1/13 11:00より、1/14 15:00より一回上映
オフィシャル・ホームページ  http://www.daiei.tokuma.com/masumura/


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※ このレビューは作品の結末について触れています。

「異性の人に崇拝しられるより同性の人に崇拝しられる時が、自分は一番誇り感じる。何で云うたら、男の人が女の姿見て綺麗思うのん当り前や、女で女を迷わすこと出来る思うと、自分がそないまで綺麗のんかいなあ云う気イして、嬉してたまらん」

谷崎潤一郎のあらゆる作品に共通するのが「女性崇拝」の色調だが、 増村保造監督のこの映画においては、描かれる愛の形に注目したい。上に引用した原作のセリフとほぼ同じセリフを映画の中でも光子が喋るが、これを読んでも分かる通 り、光子は厳密な意味での同性愛者ではない。彼女は男であれ女であれ、自分の美しさに惑溺する人間を見て喜ぶのである。彼女は同性への愛と異性への愛は違う(が、等価である)と言う。そして光子も園子も、同性愛の関係にあることを、つまり互いに相手に肉欲を抱いていることを、特に隠すことをしない。 滑稽にさえ見える恋文交換のシーンだが、愛する人を思いつつ掌に毛筆で光子の 「光」の字をびっしり書く園子の恍惚とした微笑に、男社会の倫理への気兼ねはみじんも見られないのだ。
しかし、同性愛と異性愛とを同じ地平に置いたことが、 光子を中心に園子と綿貫、やがては園子の夫も巻き込み、猜疑と嫉妬に彩 られた 肉欲の卍どもえを招来した。そこからの脱出のため三人で情死を企てた結果 、一 人生き残ってしまった園子は不幸であろうか。彼女の心の中の光子は、その死によって、もはや衰えることのない永遠の若さと美貌を手に入れている。
園子は今後、心の中の美しいままの光子を思い重ねながら、「光子観音」に手を合わせ続けるであろう。さながら、谷崎の『春琴抄』で、春琴女の美貌が傷つけられる前の面 影だけを抱いて生きて行くため、自らの目を針で突いた佐助のように。であるから、園子は決して不幸ではなく、むしろ生きたまま肉欲から解放され、純粋で一途に美の崇拝に没入する 、彼女にとって恐らくは幸福な道が、前途に開けたとも言えるのだ。

(なおすけ)
GO GO HAPPY DAY(なおすけさんホームページ)http://www.geocities.com/WestHollywood/Village/7307/index.html


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この作品は女性の同性愛を題材にしていることが"売り"になっている。が、実際に中心になっているのは、愛と嫉妬の三角関係に翻弄され破滅していく人々の姿だ。ここで描かれているのは「破滅の美学」で、同性愛か異性愛かは本質的な問題じゃないと思う。「破滅の美学」と言えばデヴィッド・クローネンバーグの名前が浮かぶが、彼の映画でも、双生児の兄弟が一人の女性を愛して破滅する話がある(※注)。「双生児の兄弟」のところを「愛情の冷めた夫婦」と置き換えれば、なんだ、似たような話じゃないか…。

そういうわけで、私の頭の中では『卍』はクローネンバーグと同じ「破滅ジャンル」 に分類されていて、「同性愛ジャンル」の棚には入っていない。にも関わらず、世間が同性愛の部分だけを強調しがちなのはどういうわけだろう。「同性愛」と「破滅」 をことさらに結びつけて考えたい人が多いのかもしれない。もっとも、この映画が撮られたのは30年前で、原作が書かれたのは70年前だ。過去の作品としては致し方ない面 もあるだろう。導入部の女二人の関係については素直に共感できる部分もあるが、 主人公は滑稽なくらいに暴走気味に描かれていて、日常と狂気のぎりぎりのラインで あることは確かだ。

最後になってしまったが、上方言葉での「語り」は原作通りに活かされていて、ねっとりとした湿り気のある雰囲気が良く出ている。映像も日本映画の美学を体現していると思うし、海外での上映が多いのも理解できる。つまるところ、同性愛は二の次と してニッポン的な耽美にひたりたいならオススメだ。でも、同性愛(レズビアン)について考えたい(あるいは知りたい)なら、迷わず『ウーマン・ラブ・ウーマン』を 見るべし。

注)『戦慄の絆』(1988) ジェレミー・アイアンズ主演

(野宮亜紀)


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「まんじ」。まずタイトルからしてどうですか。ものすごいインパクト。噂には聞いていたけど、ビデオ屋さんで見かけるたびにそのあまりの怪しさにやられ、 逃げるようにその場を去ってきた私。今回ついに捕われてしまった訳だが、これがまた…強烈。っていうか、かなり笑った。

前半の園子と光子がねっとりとできあがっていく様には笑いがこらえ切れずに爆笑してしまった。出来すぎ、おいしすぎの展開に加えて岸田今日子の濃すぎの演技。若尾文子の大げさなしぐさも捨てがたいが、やっぱり岸田今日子。あのホラーな表情は若い頃から、と判明。

始まってすぐに「同性愛」という言葉を使ったセリフが出てくるが、ドキッと した。それを扱っている映画だともちろん分かってはいたけれど、こんな古い映画でそんなにはっきりとその言葉を聞くとは思わなかった。ちなみにビデオのパッケージにはその言葉は一切使われていません。「禁断の愛」とか「濃厚な関係」とか「倒錯した愛の関係」とか。この映画をリアルタイムで観た人はさぞかし度胆を抜かれたことだろう、と推測される。映画のストーリーはめくるめく展開を披露。ぼやぼやしてると置いていかれる。はっきり言って、 この作品おもしろい。「同性愛」の部分を意識して観たとしても、園子と光子の手紙のやりとりとか、シンパシーを感じられる場面 は多々あると思う(断言できんけど)。男女4人の絡みと言えども男女の部分が強すぎることもないし。園子と光子のキャラクターのおかげか、それかまたもや今日子効果 か。そうそう、 手紙のやりとりの一部で園子が手のひらいっぱいに光子の名前を書く場面 は(しかも赤い筆で)完全な恐怖映画。今日子本領発揮なのでぜひチェックを。 とりあえずこの作品は「映画」としておすすめです。カメラアングルとかも 楽しい。この映画の設定は園子が先生に一連の出来事を語っていく、というものだが、ムーミン声でこの濃すぎる話を語られる先生はさぞかし…先生の表情も必見。

(iri)第9回映画祭「JAPANESE QUEER VIDEOS」にて、監督作品「chocolate」(2000)を上映 。


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(2001/1/5更新)
 
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