なぜこの3作品が「レズビアン的要素を持った」とオファーされたのか、理由は簡単。「血とバラ」にはカーミラとジョルジアのキスシーンがあり、「バーバレラ」
には主演のジェーン・フォンダに「ハロー、プリティ」などと言いながら近づく悪女皇帝陛下がいて、「ドンファン」には主演のブリジッド・バルドーとジェーン・バーキンのやんわりとした絡みがあるから。だからってねぇ…。「血とバラ」のキスシー
ンは女吸血鬼ミラーカに乗り移られたカミーラが、ちょびっと怪我をしたジョルジアの唇から出た「血」に惹かれただけだし、「バーバレラ」に出てくる悪女皇帝陛下は
ただのナルシストなだけ、「ドンファン」に至っては劇中に出てくる救いようがない脂ギッシュな最低男(姿三四郎にやや似)にまぬ
けな思いをさせるために(本当にまぬけだった)その妻役のジェーン・バーキンと絡むのだ。やんわりと。
その時々の女2人のツーショットや、様々な思惑があるとは知らずにいるお相手(「血とバラ」の場合はキスされるジョルジア、「ドンファン」では妻役のジェーン・バ
ーキン)の表情などは見ていて悪い気はしないが、でもこの2人も最終的には男寄りな態度が見られ、興醒め。ジェーン・バーキンは理屈抜きでかわいいけどねぇ…(余計なコメント)。「ドンファン」の主人公ジャンヌのあまりの男振り回しの姿を見て
、「実は男嫌い?」という視点から「ビアン的」と流すことも考えたが、やはりそれは深読みしすぎ+浅はかすぎ。あ、あったあった、「ビアン的」な部分。「ドンファン」に出てくるジャンヌの財産管理だか何だかしてる友人役の女の子。見た目がちょっとだけダイキーなのよね…。って、それだけかい。
ヴァディム作品すべてがそうなのか、それともこの3作品がたまたまそうなのかは計り知れぬ
が、結局、自分のセックスファンタジーをハズかしげもなく披露しながら「俺様の女っていい女だろう〜。」と自慢したいだけなんじゃ?という気が。女同士のシーンも、「女さえとりこにしてしまう魔性の女」(これも奴のセックスファンタジーのひとつと思われる)を訴えたいだけのように見えるし。
おおっと、何だか悪口ばかりだが、これはあくまで「ビアン的」という視点に囚われて観た場合。それがなければ…「血とバラ」、「ドンファン」には大して興味なし。
「バーバレラ」、これはすごいぞ。この映画、マジ? ヴァディムはマジで作ったのだろうか。何せSFですよ。当然うちらの想像もつかないような世界が広がっているはず
。ところがどうよ。冒頭、バーバレラが宇宙遊泳しているシーンからイキナリちゃちい。それも半端なレベルじゃない。そしてハイテク機能満載のはずの宇宙船、小道具達のチープさったらもう…「あれ? 小学校の図工の時間に作ったやつ? 何でここに?
」と、思わず郷愁。さらに計算されつくした間の悪い演出、どう考えても傍若無人なストーリー…どっかの家の裏庭でこっそり撮ったんじゃねえか? と思わせる仕上がりになっております。あ、ちなみにこれは褒めているので。念のため。
そしてさらに注目なのが主人公バーバレラのキャラ。すべてのトラブルの原因はコイツにあり。巻込み系ね。そして映画史上に残る巻込まれ系キャラ、有翼人パイガー。
悪女皇帝陛下に目をつぶされた上に死の迷路に放り込まれたという、「もう死んだら?
」と言いたくなるほど悲惨なお助けキャラ。バーバレラにそそのかされて、再び悪女皇帝陛下のいる悪の都へ。だいたい、バーバレラのせいでさんざんひどい目に合わされた挙げ句に生死の境すら彷徨うハメになったパイガーに、目覚めた途端「私を宇宙船まで連れて行ってくれる?」って、アンタ…。でもそんなバーバレラにまぶしい笑顔を返してしまうジュード・ロウ似のパイガー、いい人すぎ。っていうかM。
その他、今回の3作品にはおいおい、アイツどうなったのよ? というキャラが必ず登場。「血とバラ」ではカミーラにほの字(だから死語?)らしい友人のナルディ。「バーバレラ」に関しては最後の混乱の中、革命戦士のディルダノとピン教授はどうなったんよ? そして「ドンファン」では先にも書きました、ちょっぴりダイキーなお友達。どんな風にほったらかしなのかは観てのおたのしみ。ヴァディムはわき役の使い方がヘタッピすぎる。それは主人公の魅せ方に執着しすぎのせいね。それがいい面
でもあり、悪い面でもある、って感じで。
と、そんな感じで相当つっこみがいのあるヴァディム作品。「ビアンの目」で観るとお口直しが必要となるが(口直しできる作品があれば苦労しないが)、他人のセックスファンタジーでも垣間見るかな、という気分の時には(どんな気分だ)ぜひともおすすめです。
(iri ) 第10回映画祭にて、「3秒の憂鬱」を上映
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